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ユニバーサルデザインとは?
 
2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#36 2004年アメリカのアクセシビリティ:UDとADAの愛憎関係
 
曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員
 
ジョン・サルメン氏近影 UDの認知度が高まるとともに、この思想を取り入れた建築や製品が目立つようになってきた。一方でアクセシビリティとの混同により、バリアフリーと呼ぶべきものも少なくない。アクセシビリティは法律の基準に基づく。数値化が可能である。UDは法的基準を最低限とみなしている。数値化は不可能で、むしろデザインの理想をめざして改善し続けるプロセスといってもよい。今回はUDの生い立ちを理解するために、アメリカで建築コンサルタントを営むかたわら、「ユニバーサルデザイン・ニューズレター」誌を発行するジョン・サルメン氏に寄稿いただいた。
【写真:ジョン・サルメン氏近影】
 
ジョン・サルメン
ユニバーサルデザイナー&コンサルタンツ社社長
ユニバーサルデザイン・ニューズレター発行者
訳:曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員
UDとアクセシビリティ
法的強制力と訴訟
ADAと建築基準法
UDの適用
UDの広がり
UDとアクセシビリティ
 
 UDと障害を持つアメリカ人法(ADA)は同じ頃に誕生した。UDという言葉は1988年発行の「コンストラクション・スペシファイアー」誌に初めて紹介され、ADAは2年後の1990年に法律となった。双方とも、身体能力に制限のある人々でも使いやすい環境づくりが目標だった。しかし、その手段は大きく異なる。ADAは公民権法だ。一定の状況においてすべての建物とそのオーナーや管理者に遵守の義務が生じる。多くの経営者や管理者たちは、障害をもつ人々のアクセスについて心から支持していたが、連邦法であるADAが州政府や地方自治体の建築アクセシビリティ基準の上位に重層するしくみを、わかりにくく制限が多い規制だと見なした。

 一方のUDはすべての人々が生涯使いやすい環境づくりを目標とする。規制よりも教育をとおしてアプローチしたことが特徴だ。相手は、環境づくりの担い手である建築家やデザイナーである。だが、双方の目的が似ているため、高尚なUDの教育概念はADAの施行をとりまく論争のなかで埋もれてしまう。
 
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法的強制力と訴訟
 
ADAGG 手すりについての基準より ADAの法的効力には、良い面と悪い面があることがわかってきた。身体障害者の擁護者たちは、法的強制力により、使いやすい建物が広く普及することに期待した。しかし、問題はADAの基準(ADAAGとしても知られる)があまりに細かく複雑なことだった。法律に詳しい人が見れば、どのような建物でも違反を発見できる事態を招いたのである。

 増加する障害者擁護団体と弁護士が取った策略に、「車での訴訟」と呼ばれるものがある。多くの原告が建物内に入ることもせず、建物のオーナーをADAの違反で訴えたことからこの名前が付いた。最近、建物のオーナーに、誰かが訴訟を起こしてくれるのを待ち、それから必要な改修にとりかかる人が増えている。良かれと思った改善に少々の不手際を指摘され、さらなる訴訟や費用負担を被るのを恐れるためだ。
【写真:ADAGG 手すりについての基準より】
 
 ADAは、権利を侵害された市民または米国法務省が建物のオーナーを訴訟した場合のみ、連邦法廷で執行される。建物のオーナーや建築家たちにとって困るのは、責任ある解釈や技術支援を提供するしくみが無いことだ。実際、スポーツスタジアムのオーナーと管理者が法務省のアドバイスにしたがってアリーナを設計したにもかかわらず、2年後に同じ法務省によって法律違反で訴訟されるできごとがあった。

 1990年にADAが施行された際、移動障害の人々はアクセシブルな駐車場と広い間口の出入り口が整備されただけで満足していた。これらが当たり前になったとき、トイレやカウンターといった日常で使う場所がアクセシブルでないことに注意が向けられた。今では、便器とトイレットペーパーホルダーの位置が数センチ遠かったり、カウンターが数センチ高いといった理由で訴訟が起こされている。特に明確な基準が無い既存建築物において、この問題が多発している。
 
立ち上がった観客越しの視線。米国法務省は、車椅子の観客が前列の観客が立ったときにでもフィールドまでの視線を遮られないように求めている。   トイレットペーパー。わずかな位置の違いがADAの訴訟の原因となる。
 
【写真左:立ち上がった観客越しの視線。米国法務省は、車椅子の観客が前列の観客が立ったときにでもフィールドまでの視線を遮られないように求めている。写真右:トイレットペーパー。わずかな位置の違いがADAの訴訟の原因となる。】
 
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ADAと建築基準法
 
縁石カット。この縁石カットは新築の基準よりも傾斜が大きいが、使い勝手はよい。 既存建物へのADAの適用は曖昧である。建物のオーナーに対し、「大きな困難や支出を被らない」限りにおいて障害物の除去を求めている。結果、多くの人々に、新築のADA基準に沿わないものはすべて障害物であるという認識をもたせるようになった。このことは、「受容できる尺度」「建築物の例外的許可」「許容できる寸法」についての新たなADAの法的弁護を生み出した。別の言葉で言えば、ある仕様が障害物と見なされて撤去を命じられるまで、その危険性がどの程度まで許されるのかということである。例として、1970年代初めから採用されている歩道の縁石カットをあげたい。当初の建築基準法では、縁石カットを1:8(12.5%)程度の傾斜まで認めていた。これに対し、ADAでは1:12(8.33%)以下にするよう求めている。1:10(10%)の傾斜が30年にもわたって安全に使われてきたのである。にもかかわらず、障害者の擁護者たちは、新しい建築基準に合わないという理由で障害物だと主張。長年安全だった縁石カットを訴訟の対象とするようになった。

 ADAのおかげで新しい施設のアクセシビリティが改善された。一方で、UDについては、それを目にする機会や報道が極めて少ない。これを成功の印とする擁護者もあるが、問題なのはデザイン界の取り組み不足だろう。最近の「アーキテクチュア・マガジン」誌は、悲しい事実を伝えている。環境保全やサステナビリティのような地球規模での課題では、デザイン界は革新的でエキサイティングなデザインをおこなう場として歓迎している。しかし、アクセシビリティについては、満たさねばならない最低限の要求と見なしている。優れたデザインの機会というよりも、懸念材料なのである。UDが回避されるのは、規制だらけで難しいADAのアクセシブル基準と関連付けられるためだ。

 ADAアクセシビリティ基準は建築基準法のようだが、実はプログラムにも適用される公民権法の一部である。この基準は、州政府や地方自治体の建築基準法とよく混同される。後者は、建築のみに適用され、市や郡の建築査察機関の管轄だ。担当官は、所管の建築基準法のみの権限を与えられており、ADAアクセシビリティ基準の解釈や執行の権限はもたない。一方、ADAは建築許可が不要な場合でも強制力をもつ。
【写真:縁石カット。この縁石カットは新築の基準よりも傾斜が大きいが、使い勝手はよい。】
 
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UDの適用
 
OXOグッドグリップス。UDの優秀事例集「Images」に選定。グッドグリップスは、加齢する消費者のためにデザインされた。 UDの概念は、新たにデザインを学ぶ学生やベビーブーマー世代の市場で勢いを持ち始めている。1980年代にルース・ラシャーとロン・メイス、そして私が描いた市場導入の戦略が実を結び始めたのである。当時、我々が「コンストラクション・スペシファイアー」誌の記事に協力した際、我々は、デザイナーやコンサルタントの想像力を育むネーミングを探した。我々は、「アクセシビリティ」や「バリアフリー」は基本的に否定的な響きをもつと判断した。なぜなら、そうした言葉が連想する障害物よりも、人間誰もが長い生涯に遭遇する限界を理解することから生まれる美しくて使いやすいデザインへの喚起を促したかったためだ。そうした議論から「UD」という言葉が誕生した。

 以来、徐々にではあるが、この言葉が浸透し始めた。産業界もUDによる製品オプションを提供している。現在、アメリカにはおよそ12の住宅メーカーがUDの住宅モデルを販売している。OXOが製造するキッチン製品のライン、グッドグリップやCuisinartがデザインしたミキサーはUDのキッチン製品のエポックメーキングとなった。毎週、ワシントンポストやニューヨークタイムスといったメディアでUDの住宅やアパートについての記事が掲載されている。私の会社が1993年に「ユニバーサルデザイン・ニューズレター」を発行する前に、我々はインターネットで「UD」の登録を調査したことがある。結果はゼロだったので、誌名に登録した。今日では、検索に対し、100,000件のヒット数がある。
【写真:OXOグッドグリップス。UDの優秀事例集「Images」に選定。グッドグリップスは、加齢する消費者のためにデザインされた。】
 
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UDの広がり
 
ボビーの認定マーク。ボビーのロゴマークは、そのWebサイトがUDで障害を持つ人々でも使いやすいことを示す。 興味深いのはここ2年で、UDが建築やデザインとは違った領域で使われ始めていることだ。例えば教育だ。UDの7原則をすべての人々が学べるよう、教育プロセスに適用する試みがある。ユニバーサル・インストラクション・デザイン、またはUIDと呼ばれている。Webデザインでは、情報アクセシビリティを「Bobby」というWebチェッカーで検証できるしくみがある。さらにUDは、連邦政府が情報通信機器を購入する際の判断基準としても用いられている。

 アメリカがUD発祥の地だと考える人々がいるが、これは疑問だ。UDという言葉は始めて使われたかもしれないが、その動向は20世紀末から21世紀初頭の先進国における公民権や文化、技術、経済の成熟が必然的にもたらした結果である。成熟した社会にとって、身体能力に制限がある人々から人間の潜在能力を引き出すための言葉と方法を探し出すことは避けて通れないことだった。

 我々は、障害をもつ人々が社会の生産的なメンバーになれるアクセシブルな環境を創り出す方が、彼らを社会から隔離した特別な環境の中で維持すべく時間と資金を投じるよりもはるかに費用対効果が高いことを理解し始めている。費用の正当性は、UDの環境が身体能力にかかわらず誰にとっても使いやすいことに気付くにつれ、さらに強まるのである。私は我々全員が生徒であると信じる。我々は、すべての人々が自らの潜在能力を最大限発揮して社会参加できるように資源を有効活用する方法を学び始めているのである。
【写真:ボビーの認定マーク。ボビーのロゴマークは、そのWebサイトがUDで障害を持つ人々でも使いやすいことを示す。】
 
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